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 所在地 兵庫県県三田市藍本
 形式  平山城(標高211m・比高 25m)
 現状  山林
 築城年代  室町時代
 遺構  曲輪・堀切
 主な城主  藍 房清
 見所  主郭
 おすすめ度  ★★
整備された道   なし
主郭まで   登城口より10分
登城難易度  2
駐車場   なし

藍岡山城遠望 
現在は独立丘になっている。
 アクセス
三田西ICを降り、三田西インター前交差点を左折し県道92号を1.6km進みます。溝口(交差点) を左折して 県道141号 に入ります。
4.3 km先の交差点(信号なし)を右折し県道141号線に入り600 m進みます。右折して県道75号に入り1.7km進み交差点を左折し(虚空蔵山城登山口の表示あり)500m進んで交差点を左折します。
150mほど進むと左手に藍岡山城のある丘陵沿いを進む道(細い)があるのでそれに沿って東に200mほど歩き登れそうな箇所をみつけ直登します。
(城址南側の民家及び旧伝万昌寺あたりから道もありますが、わかりにくいかもしれません。)登城口位置 ページ下部にマップ添付

 訪城記録
藍岡山城は三田市藍本中心部の独立丘陵に築かれています。
独立丘になっている藍本城が位置する丘陵部は、元は北西に位置する虚空蔵山から続く尾根突端に位置していた様です。現在は虚空蔵山との間は道路および舞鶴若狭道によって分断されています。
城址は丘陵東側に位置し主郭と、その東側に二の曲輪を配置する縄張りです。西側の丘陵との間は、北斜面に竪堀として落ち込む片堀切と南側斜面の竪堀で区画されます。切岸上の丘陵頂部が主郭になりますが主郭は楕円形で方堀切に面した西側に低い土塁、南東部に坂虎口を設けます。坂虎口を出た主郭南から東側へと広がる二の曲輪は、削平が甘く、周囲の切岸が不明瞭になっています。

2020年12月27日訪城

縄張り図 掲載書籍 
戎光祥出版『図解近畿の城郭Ⅳ』442~443ページ 

 歴史
伝承では赤松康則が嘉吉の乱の後に築城し、その子孫の藍氏か城主であったという。藍氏は天正7年(1579) 藍 房清の時に荒木村重によって滅ぼされたという。当地には荒木村重によって攻められた際に。竹の皮を敷き詰めて敵襲を防いだが、火をかけられて炎上し落城したという 「藍の殿さんが」という逸話が残される。
また『摂北軍記』にある外部勢力・山崎恒政の築山城を当城とする説もある。いずれにせよ当城については、軍記等の伝承を残すのみで、正確な歴史は不明と言わざるをえない。


おすすめ度はが多いほど見ごたえがあり、最高★★★★★まで
登城難易度は数値が多いほど城へ到達する距離、
時間、困難さを示します
数値1~5
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上記 データの 説明      

片堀切 
南側は掘り切っていない。

南斜面の竪堀
竪堀で斜面を区画する。
 

主郭切岸 
主郭の切岸は高く明瞭。
 
主郭
横矢掛けの張り出しがある。
 
主郭坂虎口
やや急な坂虎口。
 
二の曲輪
切岸は不明瞭で削平も甘い。急な造成か。
 
藍岡山城 登城口位置