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 所在地 三重県伊賀市西高倉
 形式  平山城
 現状  山林
 築城年代  戦国期
 遺構  曲輪・土塁・堀切
 主な城主  浜田安芸
 見所  主郭西の土塁
 おすすめ度  
整備された道   有り
主郭まで   登城口より3分
登城難易度  2
駐車場   なし
.
浜田安芸城主郭 
東に切岸で段差を設けた腰曲輪が付随
 アクセス
名阪国道・中瀬ICより国道163号に入り3.1 km西進します。
西大手(交差点) を直進し (木津 の表示)300 m進み、旧大和街道に入り1.2 km進みます。右折して伊賀コリドールロードに入り1.1 km進み右折してそのまま 伊賀コリドールロードを650 m進みます。
左折して伊賀コリドールロード→県道138号信楽上野線に入り550m進むと左手に金井池の堤防沿いの道かあり(徒歩のみ)それを進んで林の中に入ると浜田安芸氏城の主郭となります。
(民家脇からの道もありますが堤防沿いに歩くのがわかりやすい)


 訪城記録
浜田安芸氏城は徳楽寺北の新池西の丘陵に築かれており通称・浜田の城山と呼ばれています。
主郭
の形状は方形を指向しており、東に低い段差を設けた腰曲輪が付随しています。主郭の西側には高い土塁があり、頂部は広く櫓台として機能していた可能性が感じられ、現在、浜田氏の祖先を祀る祠が安置されています。
土塁の西側は巨大な深さ10mに及ぶ堀切
で西丘陵との間を遮断しており、西側からの侵入を警戒していたことが伺われます。
2020年11月25日訪城


縄張り図掲載書籍 
全国遺跡報告総覧 (nabunken.go.jp) 
PDF 三重県教育委員会 『三重の中世城館』

255~256ページ

リンク

 歴史
在地の土豪・浜田安芸の城と伝わる。近隣には幸至図書城、藤谷山城城があり土豪同士の連携によって、この地を守ろうとしていたのではないだろうか。城の南側の二の丸に当たる腰曲輪には近年まで浜田氏の子孫の屋敷があったという。
登城口位置 ページ下部にマップ添付
 


おすすめ度はが多いほど見ごたえがあり、最高★★★★★まで
登城難易度は数値が多いほど城へ到達する距離、
時間、困難さを示します
数値1~5
上記各種データの説明はコチラをクリック→
上記 データの 説明      

主郭西側の土塁 
テラス状の空間も造成されている。

土塁頂部
頂部には浜田氏の祖先が祀られている。 

堀切
今はブッシュで入り込めそうにない。